インタビュー

上映会&-トーク「いのちのかたちー画家・絵本作家 いせひでこ」



2017年5月13日のトークの様子 左から、細谷亮太さん、いせひでこさん、伊勢真一さん



東日本大震災から1年経ったある日、宮城県亘理郡吉田浜を訪れたいせひでこは、何もかも流され荒れ地となった土地で、一本のクロマツの倒木と出会いました。 あの日までのことを、あの日のことを、そして、あの日からのことを誰よりも記憶しているにちがいないクロマツと4年近くにわたって向き合い、その声に耳を 澄ませた絵描き・いせひでこを追ったドキュメンタリー映画「いのちのかたち-画家・絵本作家いせひでこ」。
2017年5月13日に行った上映会後には、いせひでこさん(画家・絵本作家)、伊勢真一さん(映画監督)、細谷亮太さん(小児科医・俳人)のお三方でのトークを行いました。その一部をご紹介します。


いせひでこ(以下いせ):
映画に出るというと、「主人公なんですね」と言われるんですけれど、この映画の主役はクロマツとそこに関係するひとたち、あとは(チェロ演奏が登場する)音楽をやってる人たちということで、私は案内役だと思っています。
今見ていても、私はとにかくクロマツが懐かしくて。映画の中でこうやってまた会えるんだなって。ちょっとさみしいような、うれしいような。これまで何度も見ているんですけれど、今日はまたクロマツに会えた、という感じがしました。人間と同じで、いなくなってもう会えないということはものすごく辛いし、乗り越えることが大変だと思うのですけれど、嫌々映画に出たはずなのに、こうして映画になったおかげでクロマツに何回も会いに行くことができる。今日も私はちょっと幸せな気持ちになりました。

伊勢真一(以下監督):
いったい主人公ってなんなんだろう、と、ひでこさんの話を聞きながら思っていたんだけれど、画面に、映像に登場してくる、ということではないんだけれども、見る人たちがその時間「そのこと」をしきりに考える、という存在が主人公、主役なのかもしれない。
今日の映画のひでこさんも、映画「大丈夫。ー小児科医・細谷亮太のコトバー」(2011)の中での細谷先生も、その人がいることでいろんなことが見えて来る、そういうことだと思うんだよね。ひでこさんの今日の映画でいえば、映画が上映される限りずっと映画の中でクロマツが生き続ける、っていうこと、そういうことを記録したんだな、と、少し時間が経つと思うようになりました。

細谷亮太:
今日は、久しぶりに雨が地球全体を緑にしているという実感をもって雨を感じることができて、お花がきれいだとか、緑がさまざまな色で緑になっているとか…そんなことを感じながら来たせいか、映画の中でクロマツが片付けられるシーンがありましたよね。いせさんのお話ともちょっと通じますけれど、あのシーン、前に見たときはすごく腹立たしい感じで、ブルドーザーが怪獣ふうに見えたのが、今日はまるで抱いてくれる手、みたいに見えました。何回か見ていると同じ映像でも違う。見る側の感じ方は日によってずいぶん違うものだと思いながら座っていました。
クロマツの根っこが片付けられて、最後にひでこさんがもう一回映る。そのとき、手袋とかしてたかどうか、まるで人が亡くなった時みたいな感じのかっこうをしていて。合掌するような、そういう感じがあって。それも今日初めて気がついた。いままで何回か見ているし、そのシーンにひでこさんがいたのはもちろん知ってたけれど、ああいうふうな動き(合掌のような)をしてたというのは、今日初めて気がついた。あの木がこちらに与える印象が大きかったから、ひでこさんの動きにもこちらが注目をした、っていうことがあるんだろうね。

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いせ:
映画の中で「木の根っこが窓を突き破って…」って言うところがあるのね。私、亘理町の吉田浜の、200人の村民が消えた村にある亘理図書館でクロマツの絵とスケッチと「わたしの木こころの木」の原画展を開催したんですね。亘理町図書館からお声をいただいて。まだ「神聖なる場所 —der heilige punkt」1点しかできてなかったと思うのですけれど。(※「森—いのちのかたち」展に展示中の三部作の中の一枚) 展示した時、実際に200人も亡くなったその浜のひとたちが私の絵をどう見るだろうと、ものすごく怖かった。こちらは外の人で、会いたい会いたいってクロマツに会いに行って、知ったつもりで描いているけれど、実際そこにいたみなさんはどう見ただろうと。 そのときに「木の根っこが…」って言われたわけですよ。ものすごく落ち込んでね私。その日、展覧会場にスケッチ帳をおいて、みなさんの言葉を書いてもらったんですけど、昨日あらためて読んでみたんですね。 なにもかもなくした人たちですよ。その人たちの言葉に、

「今回いせ先生にクロマツをみつけ、絵本にしていただきとてもうれしいです。何もかもなくなった吉田浜が絵本によっていつまでも語り継がれます。ありがとうございました。」


というのがあって、とてもびっくりしました。


「あのマツがどこにあったか知っています。なつかしくて泣きそうになりました。絵が素晴らしいです。実際に見るまで、こんなにきれいで心に迫って来るとは思いませんでした。」



みんな(その現場に)行きたくないんですよもちろん。だけれどそこに、あえて外の人が踏み込むっていうことはどういうことなんだろうとずっと考えてやってきましたけれど。こんな言葉だったんです。



「雪の中のクロマツ、何を思っているのだろう。私の心の中に、いつまでもいつまでも雪が降っています。3月11日のあの日の雪がまだ止まずに降っています。ひでこさん、ありがとう、あの雪の声、聴くことができるようになりました。」

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監督:
映画というのはほんとに不思議。自分でやっていてもね。クロマツもこの映画が上映される限り生き続ける。
この映画の感想で、ときどき、「とても星がきれいでした、あの星は合成ですか」と聞かれるんですよね。たしかに今デジタルになったので、人間の肉眼よりもすごくあざやかに星が見えたり、つまりある意味必要以上にきれいに撮れたりするんだけど、でも、この「いのちのかたち」のときは合成はひとつも使ってない。全部実写です。
あの吉田浜の空、星空はね、2011年の3月11日からあと、あんなにきれいに見えるようになったんですよ。集落がなくなり、人がいなくなり。ぼくは飯館(映画中に登場)にも吉田浜にも撮影で何回も行ったけれど、最初に行ったころ、スタッフのみんなで、なんでこんなに森の風のざわめきだとか鳥の声がよく聞こえるんだろう?と言いながらずっと歩いて。そして、ああ、人がいないからだね、と気づいた。
人がいないほうがいいなんて、これはもちろん笑い事じゃないんだけれど。人が必要として灯りをつけて、必要としてそこで暮らして、そんな中にぼくらはいるわけだけど、でも、星空をみたときに、こんなにきれいに映るなんて…と。本当に、撮影したものを見たときに、ぼくら自身も「こんなにきれいかな?」と疑いを持つくらいに美しくて。

映画ができあがって、新聞が紹介してくれることになったんだけど、新聞社の校閲の方からの電話でね、間違いがあります、というの。映画の紹介の短い記事なんだけど「吉田浜というのはありません」と。こっちは「いや絶対ありますよ」と言うんだけど、「いやないです」と言うんだよね。なぜ吉田浜という地名がなくなったかというと、つまりは2011年の震災のあとに集落がなくなって、住所がなくなってる。だから“校閲的に”調べてみると「ない」ってことになってしまう。だから、僕がするのもおかしいけど一生懸命説得してね、「そんなことはないから吉田浜っていう名前は残してくれ」って言ったんですよ。そしたらその方も「上のものに交渉してみます」といってくれて。それでやっと「吉田浜」という地名を新聞記事に載せてくれたんです。
地名がなくなった場所はもちろんもっともっといくつも東北の沿岸部にはあって、地名がなくなるともう「ないんです」っていうような意識が…あれから6年の今の時点で、そういうふうになっているのかなあ…と思って。その一方で星空は、人がいなくなったことでこんなにきれいになっているという。何が本当に変わって何が変わっていないのか、何を見たいのか、何を見てもらいたいのかということを、違う立ち位置でちゃんと伝えないといけないんだよね。それこそマスメディアから。テレビなんか百万人とか見るんだろうから。ぼくらの映画は今日こんなにたくさん来てもらって、といっても100人くらいですよ。でもそれで上等だと思うんだよね。5人でも10人でも100人でも、この映画を見て、そして、ひでこさんの個展で1人でも2人でも3人でも、映画の中でもいってるけど、絵の前で立ち止まる、ってこと。ひでこさんが立ち止まることでぼくが立ち止まり、僕が立ち止まることで絵を見る人がまた立ち止まるという。それが大切だと思うんだ。ちょっといいこと言ったかな(笑)。




 


映画「いのちのかたち-画家・絵本作家いせひでこ」上映会&トーク
日時:10月1日(日)13:30-16:00


東日本大震災から1年、宮城県亘理郡吉田浜を訪れたいせひでこは一本のクロマツの倒木と出会います。映画は、そのクロマツと4年近くにわたって向き合い、その声に耳を澄ませた絵描きを追ったドキュメンタリーです。上映後は、飯舘村の子どもたちとのワークショップなど、絵本を通じたさまざまな活動を共にされているいせひでこさんと柳田邦男さん(ノンフィクション作家)ご夫妻にお話しいただきます。

会場:クレマチスの丘ホール
料金:当日有効の入館券のみ ※要予約

ご予約・お問合せ
ベルナール・ビュフェ美術館 TEL:055-986-1300(水曜休)